疎通
アメリカの心理学者、カール・ロジャーズによると、カウンセラーの3条件は、1無条件の肯定的受容、2共感的理解、3カウンセラー自身の自己一致であることが、よく知られている。この条件が全て同時に満たされていて初めて、カウンセリング(人の心に寄り添う状態)が成立する。自己一致はカウンセラー自身の内面で行うものであるため、ここでは除外し、受容と共感という対他者において行うべき重要事項に関して整理してみたい。
ロジャースはかつて学術論文の中に次のようなエピソードを織り込んだ。“受容と共感の元でカウンセリングを行ううちに、自分も発狂しかかり、クライアントから逃亡した”。つまり、受容と共感は一歩間違えるとカウンセラー自身の精神状態を侵しかねない危険性を秘めており、精神医療従事者の離職率が高い原因のひとつもここにあるのだと思う。
また、受容と共感の問題には、許容と感情移入との違いが切っても切り離せない。
受容=相手の思いや行動を無条件に受け入れること。許容=相手の思いや行動を無条件に許すこと。言葉の上では同じように見受けられるが、その意味を考えると絶対的に異なる。カウンセリングを行うにあたって、受容は最も基本的かつ重要な態度だが、クライアントに対して一定のラインを引かなければ、さらには両者の信頼関係が確立されていなければ、受容は許容に置き変わり、クライアントの依存心の助長や自立心の喪失につながる可能性が高まる。
共感=相手の感情に巻き込まれることなく、相手の世界を自分のもののように感じ取ること。感情移入=文字通り相手の感情に自分の感情を移し入れること。つまり、感情移入とは相手の感情が先行し、カウンセラーが相手の世界に巻き込まれている状態を指す。sympathyとempathyの違いと言えばわかりやすいかもしれない。従って、共感的理解においても、カウンセラー自身が自分の世界を保った上で、クライアントの感情を自分の中に呼び起こすよう接することができなければ、それはただの感情移入として終わってしまう。
私自身、受容と許容、共感と感情移入の違いを完全に区別できているとは言えないが、これは日常生活における人間関係を構築する上でも重要な、基本的態度だと考える。特に友人関係においては、受容は必須のものであり、許容してはいけない事態が必ず発生する。しかし、双方向でしっかりとした土台=信頼関係が構築されていなければ、相手を受容するどころか、ズレやすれ違いが生じ、言葉がナイフのように互いの心に突き刺さる。
ロジャース自身の体験に象徴されているように、受容と共感はある意味では自分の命を削って行うものであるとも言える。相手の心に寄り添うと言えば簡単に聞こえるような気もするが、そこに見えないラインを引かなければならないストレスやプレシャーは計り知れない。考えれば考えるほど奥深い、受容的・共感的態度。言語を超越した他者との意思の疎通は非常に難しい。
介護の専門性新提案様(http://kintokaigo.seesaa.net/article/86270626.html)の記事に対するトラックバックでした。
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コメント
とても勉強になります。介護業界だと単純に「受容」と「共感」は基本的援助技術であり、最も大切な“キレイ”なこと、として広まっています。
しかし、「許容」「感情移入」という表裏一体の行為に陥る危険をはらんでいるんですね。冷静に考えればその通りかもしれません。
命を削り~、という文が今の自分の心に刺さりました。プライベートの話ですが、自分は相手を広い気持ちで包んでいたつもりでしたが、「許容」と「感情移入」をしすぎていたのかもしれません。今となっては辛い心の自分だけが残りました・・・でも、カウンセラーではなく、プライベートな相手ならばそれでもいいと思っていたのですが・・・(ノ_・、)
投稿: kinsan | 2008年2月26日 (火) 07時01分
難しいけど受容と許容の線引きはしないとダメだよね☆
う~ん・・・奥が深いと言うか難しいです。・゜゜・(>_<;)・゜゜・。
投稿: kira | 2008年2月26日 (火) 09時45分
> kinsan
こちらこそ、いつも勉強になってます


私もプライベートではそこまで深く考えなくてもいいのでは?と
思っていたのですが、これまでに壊れた人間関係を振り返ると、
自分と相手のどちらかがラインを引けていなかったという結論に達するんですよ
親しき仲にも礼儀ありとは良く言ったもので、

バランス感覚が大切なのかもしれませんね
正直、仕事よりプライベートの方がよほど難しいです
> kira
泣くなよ~

自分でも書いてるうちにわからなくなってきたから、
この日記は、文章的にかなり失敗に近い
たぶん、背負うと支えるの違いにも通じる部分があるんだと思うよ。


“背負うと言うのは支えることの延長ではない”って誰かが言ってたじゃん
きっと、それと同じなんだよねって、ふと思った
この記事の原点はkiraくんです
投稿: rinascere | 2008年2月27日 (水) 00時37分