2008年5月23日 (金)

延長

一晩眠っても昨日の疲労が回復せず、ベッドに倒れこんでしまった夕方。働いている人、学校で勉強している人のことを考えると、自分が怠け者のように思えて、目が覚めた後に恐ろしいほどの罪悪感に襲われるのがわかっているから、休むということが苦手中の苦手。心の中ではかなりの葛藤があったけれど、どうしても耐えられずに寝込んでしまった。

焦燥感のあまり無理をし過ぎて、病気が悪化してしまったら元も子もない。先日の母の言葉を思い出してふと考えた。私が心身ともに健康な状態を維持することと、一般的な道を歩むべく奔走することと、どちらが心配をかけずに済むのだろうと。結果的に、どちらも上手くいけば言うことはないけれど、バランスを取ることができない。

あと1年半。事実上はあと1年ちょっとなのかな。次の次の誕生日がひとつのタイムリミットになるだろう。“全くもって上手くいっているという実感はありませんが、こつこつやってます”“そうですか、それでは今回も同じ薬でいいですね”。毎回突っ込みを入れたくなる医師との会話。

前にも書いた。医師法において、医師は医療行為の対価として診療報酬を受け取ることができる。すなわち、診療報酬を受け取る以上、心療内科では精神療法や回復のサポートとなる対話を行わなければならない。中途半端なコミュニケーションは逆に疲れる。薬だけ処方してくれた方がまだマシ。はっきり言って、触れてほしくない。そっとしておいてほしい。今度ストレスを感じたらはっきり言おう。

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2008年5月22日 (木)

疲憊

久々に体力的にきつかった。朝一で美容院へ行き、午後の通院まで休む間もなく所用をこなし、病院で3分診療を受け、家に帰ると留守電が入ってる。無理矢理テンションを上げて電話をかけ直し、一仕事したけれど、終わったときには食事すら作りたくない状態になっていた。ラケットかバットを持って公園に行く予定だったけど、体が全く動かず……。先週、先々週、体調不良を押して頑張りすぎたツケがまわってきたか? とにかく疲れた。

それでも寄りたくなるのがスポーツオーソリティ。帰りにグリップテープを購入。重い球を打ち返していると、数ヶ月でボロボロになって、かなり手が滑る。最もフィーリングの合うWilsonの X-TRA WETは、本当はオーバーグリップテープだけど、手が小さいから二重巻きしないで使ってる。Wilsonのキャッピングバンドが欲しいけど、店で売られているのを見たことがない。オンラインショップで買うしかないのかな?

もうすぐ全仏が始まる。ものすごく見たい。だけど、WOWOWは見れない……。ナダルの4連覇か、フェデラーの生涯グランドスラムか、あるいはノーシードの選手が意外な活躍を見せるのか。見所が多すぎて、どの試合からも目が離せない。もしもWOWOWに加入してたら、FIFAワールドカップのとき並に眠れないんだろうな。世界の誰かがYou Tubeにアップしてくれることを祈る。

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2008年5月21日 (水)

武闘

総勢14機のMFで対戦する2D格闘アプリ「機動武闘伝GガンダムDX」 - 速報 ニュース:@nifty(http://news.nifty.com/cs/technology/mobiledetail/itmmb-20080519003/1.htm#TB_inline?height=180&width=440&inlineId=mainLink

なんだかよくわからないけど面白そう♪ ものすごく惹かれる♪♪♪ が、なぜ対応機種が903iなのか……。905iじゃ出来ないの??? 旧機種のみに対応させる意味がわからない。それはいいとして、“MF”という文字を目にするといつも思う。ミッドフィールダーなのか、モビルファイターなのか。メッゾ・フォルテなのか、マニュアルフォーカスなのか。メタルフェイクなのかマルチフォームなのか。モンスターファームなのか、メディアファクトリーなのか。

ついでに、東方不敗マスター・アジアは、なぜ胴着のままでガンダムに搭乗できるのか。ナイスミドルすぎる。ネオオランダ、ネーデルガンダム量産しすぎじゃない? 3段変形で意外とコンパクトにもなるけど。ネオメキシコだからって、テキーラガンダムって安直過ぎじゃない? しかもサボテン。チコのストーリーには納得だったけど。マンダラやらコブラやら、ガンダムの枠組みを超えたガンダムたちに、突っ込みどころは満載だけど、そこが好きなのです♪

追記:対応機種は903i“以降”ね。なら納得。

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2008年5月20日 (火)

締切

私は大学時代、卒論の提出期限に追われて完全に壊れた。間に合わなければ卒業できない。かと言って、中途半端な論文を書く気などさらさらない。その葛藤が恐ろしいほどの焦燥感となって、私の心をパニックに陥れた。当時はマスコミ志望だったけれど、厳しいしめ切りの恐怖は長期間心身に甚大なる影響を与え、あの時内定辞退しなければ、恐らく新卒から早期退職の道を歩んでいたことだろう。

未だかつて期限を破ったことは一度もない。ただ、最近、図書館の返却期限に追われるプレッシャーが甚だしい。勉強したいことが山ほどありすぎる。政治、経済、経営、法、医療、看護、心理、福祉、芸術、語学、運動学、情報技術。だから、2週間、寝る間を惜しまず勉強すれば終わるだろうという目論見の元に本を借りる。

だけど、現実はそうもいかない。勉強だけしてればいいというものではない。真夜中に勉強することは、人間の身体にとって重要なサーカディアンリズムを維持するにあたって、あまりよろしいことではなく、できる限り避けなければならない。必然的に時間が限られる。あぁ……大学生に戻りたい。新入学生、進級者、新社会人、新たな場所で、新たなことに挑戦しようとしている人たちがキラキラ輝いて見える。正直、うらやましい。本当にうらやましい。悔しいくらいにうらやましい。自分だけが取り残されている感覚。どうか、私を置き去りにしないでください。

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2008年5月19日 (月)

応援

されるのが、あまり好きではありません。もちろん、とてもありがたいことですので、“ありがとう”という感謝の気持ちは忘れませんが、応援のメッセージはそれほど私の力にはなりません。なぜなら、基本的に私は自分で自分を鼓舞し、9割方、その時に出せる限りの力を出して生きているから。喜怒哀楽の全てが、私の生命力の一部です。

別に、鬱病の人に“頑張れ”という言葉がタブーだとか、そんな論議を始めたいわけではありません。私はうつ病ではありませんから。だけど、生きる上でエールを送られるのは、必ずと言っていいほど、泣いている時や落ち込んでいる時。それが、どことなく無責任だという気がしてならないのです。

なぜ、人が幸せな気持ちでいる時にエールを送らないのですか? “いつも”応援していますよ、“いつも”見守っていますよ。なぜ、そういうスタンスで人に接しないのですか? 一生懸命生きている人に対して、私は“いつも”気持ちが寄り添っている状態です。

もちろん、誰かが泣いていたら光を射してあげたいし、道に迷っていたら一緒に探してあげたい。涙を半分、分かち合います。だけど、むしろ私が応援のメッセージを送るのは、人が笑っている時です。その幸せがずっと続きますようにと。もう一度、書きます。喜怒哀楽の全てが、私の生命力の一部です。最も苦しい時に送られる中途半端なエールは、自問自答し答えを出そうとしている人間の心を混乱させるだけですよ。

余談ですが、心理学の本にはたびたび“頑張ってるね”という言葉が出てきます。現状の頑張りを肯定し、気持ちを楽にしてあげる狙いを持った、励ましの言葉です。だけど、この言葉も私のような人間にはそれほど効果的ではないですね。だって、褒められるほど頑張っているとは思えないから。界王拳のように、やる気になればきっとまだまだいけるはず。

ただし、やはり消耗は激しいです。激しいけれど、常に自分にプレッシャーをかけ、鞭を打っている人にとっては、マニュアル的な“頑張ってるね”という言葉もまた、琴線には触れません。会話の内容よりも外見の印象が大切だと思う今日この頃。拙い励ましの言葉でも、真剣さは目や表情から必ず伝わります。逆にいえば、嘘も必ず伝わります。応援してもらえるというのは嬉しいことですが、自分自身の力の源となるのは、自分自身に対しての信義です。チームプレー系スポーツをやってきた方とは価値観が異なるかもしれませんが、結束力や求心力以前に、自分のストイックな心構えが、私にとっては何よりも重要なのです。

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